スリランカの遺跡:古代都市シギリヤ・ロックの歴史と世界遺産登録の理由

スリランカの遺跡:古代都市シギリヤ・ロックの歴史と世界遺産登録の理由

シギリヤってどんな所なんだろう?
この記事では、
シギリヤの歴史と世界遺産登録の理由についてまとめました。
歴史を知れば、遺跡巡りが楽しくなります

スリランカの世界遺産:シギリヤの歴史と登録の理由

スリランカ中央部には、「カルチュラル・トライアングル(文化三角地帯)」とよばれる地域があります。

カルチュラル・トライアングルとは?

カルチュラル・トライアングルとは、アヌラーダプラ、ポロンナルワ、キャンディという三都市を線で結んだ三角形の内側の地域のことで、歴史的遺跡群が多く残る地として知られています。

この地域に残る遺跡は、古代より続いた歴代の仏教王朝が造り上げてきたもので、これらの遺跡のほとんどは、現在も信仰の対象としてスリランカの人々の心に安らぎを与えています。
そんな遺跡が残るこの地域の中心部に、シギリヤはあります。

シギリヤとは?

シギリヤの遺跡は、森の中にそびえる高さ約195mの切り立った岩山「シギリヤ・ロック」の頂上にあります。

5世紀後半、父親であるダートゥセーナ王を殺して王位を奪った長男カーシャパは、父を殺した罪の意識から逃れるためか、腹違いの弟モッガラーナの復讐を恐れてか、断崖絶壁の岩山の頂上に王宮を建造し始めます。
そしてついに、王位に就いてから7年後に完成したこの王宮に玉座を起きました。

しかしその11年後、戦いを挑んできた弟モッガラーナに破れると、カーシャパは自ら命を絶ちます。
その後、王宮は仏教僧に寄進され修道院として存続していたが、徐々に衰退して放棄されました。

再び日の目を見るのは、イギリス植民地時代に入った19世紀後半のことです。
再発見されたシギリヤ・ロックの歴史ある遺跡はその価値が認められ、1982年に「古代都市シギリヤ」として世界遺産に登録されました。

世界遺産登録の理由は?

世界遺産登録の理由についてユネスコは、

ある期間、あるいは世界のある文化圏において、建築物、技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展における人類の価値の重要な交流を示していること。

 

現存する、あるいはすでに消滅した文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠を示していること。

 

人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、あるいは建築的または技術的な集合体または景観に関する優れた見本であること。

このように語りました。

スリランカの遺跡:古代都市シギリヤ・ロックの歴史と世界遺産登録の理由

合わせて読みたい記事はこちら