マインドフルネス瞑想をしていて「無心になれない」と悩んでいませんか。
でも安心してください。
実は無心になろうとすること自体が、瞑想の効果を損ねている可能性があるのです。
この記事では、マインドフルネス瞑想で無心にならなくてもいい理由と、無心を目指すことのデメリットをわかりやすく簡単に解説。
また、自然に無心になるコツや、雑念が浮かぶことの意味についても触れていきます。
「マインドフルネス瞑想の効果が感じられない」とならないよう、この機会に理解を深めましょう。
自分は何にストレスを感じているのか?
マインドフルネスを取り入れてどうなりたいのか?
イメージしながら読んでみてください。
マインドフルネス瞑想で悩んでいる人も、これからチャレンジしてみたい人も、ぜひ最後までお付き合いください。
1. そもそも「無心」とは何か?瞑想における無心の意味を解説
マインドフルネス瞑想で無心になれないと悩む前に、まずは「無心」の意味について理解を深めましょう。
一般的に無心とは、何も考えていない状態、雑念のない状態を指します。
しかし、瞑想における無心とは少し意味合いが異なります。
瞑想の文脈での無心とは「思考や感情に囚われない」という意味合いが強いのです。
つまり、雑念が浮かばない状態を指すのではなく、雑念が浮かんでもそれに振り回されない、囚われない状態を表すのです。
1-1. 無心は「何も考えていない状態」ではない
よく無心といえば、頭の中が真っ白な状態をイメージする人が多いでしょう。
確かに日常生活において無心と言えば、ぼーっとして何も考えていない状態を指すことが多いかもしれません。
しかし、瞑想における無心は「何も考えていない状態」とは異なります。
瞑想中は、呼吸や身体の感覚や雑念など、常に何かを観察しています。
つまり、何も考えていない真っ白な状態ではないのです。
1-2. 瞑想の無心とは、思考や感情に囚われない状態
では瞑想における無心とは何でしょうか。
それは思考や感情に囚われない状態を指します。
瞑想中は雑念が次々と浮かんできます。
怒り、悲しみ、不安など様々な感情も湧き上がってくるでしょう。
しかし、それらの思考や感情に振り回されず、あくまで客観的に観察するのです。
1-3. 無心は自然に訪れる静かで澄んだ状態
瞑想を続けていくと、思考や感情に囚われない状態が自然と長くなっていきます。
これが瞑想でいう無心の状態です。
決して何も考えていない訳ではありません。
ただ、思考や感情を客観視できているため、心が静かで澄んだ状態なのです。
無心とは本来、このような自然に訪れる静寂な状態を指すのです。
2. 無心になろうとすることの意外な3つのデメリット
無心の意味が分かったところで、次は無心になろうとすることの弊害について見ていきましょう。
実は無心を目指すこと自体が、瞑想の効果を損ねている可能性があるのです。
ここからは、無心になろうと努力することの意外なデメリットを3つご紹介。
無心になれないことにストレスを感じている人は注目。
無心になろうとすることを手放すだけで、瞑想がグンと楽になりますよ。
2-1. 雑念を排除しようとして、かえって雑念が増える
1つ目のデメリットは、雑念を排除しようとすればするほど、かえって雑念が増えてしまうこと。
例えば「今日の晩御飯は何にしよう」という雑念が浮かんだとします。
無心を目指す人は、この雑念を追い払おうと必死になるでしょう。
しかし「雑念を考えるな」と思えば思うほど、雑念のことが気になってしまうものです。
雑念を消そうとする行為が、皮肉にも雑念を増やしている状態といえます。
2-2. 瞑想が苦行になり、ストレスを感じてしまう
無心になろうと努力することの2つ目のデメリットは、瞑想が苦行になってしまうこと。
先ほども述べたように、無心になろうとすればするほど、雑念は尽きません。
そのため、「もっと頑張らないと」とさらに無心を目指して努力するようになります。
しかし、努力すればするほど雑念は増える一方で、結局無心にはなれません。
そうなると瞑想は苦しいだけの行為になってしまい、ストレスを感じてしまうのです。
2-3. 執着が生まれ、瞑想から学べなくなる
3つ目のデメリットは、無心になることへの執着が生まれること。
無心になりたいという強い思いは、裏を返せば無心への執着といえます。
しかし、瞑想とは本来、執着を手放す練習のはず。
にもかかわらず、無心という状態に執着してしまっては本末転倒。
執着に囚われたままでは、瞑想本来の目的を見失い、瞑想から何も学べなくなってしまいます。
3. 無心になろうとしてしまう人の3つの特徴
ここまで、無心になろうとすることのデメリットを見てきました。
しかし、それでも無心を目指してしまう人がいるのも事実。
ここでは、無心になろうと努力してしまう人の特徴を3つ挙げていきます。
心当たりのある人は、マインドフルネスの考え方を取り入れて、柔軟に瞑想に取り組んでみましょう。
あなたはいくつ当てはまりますか?
当てはまっても決して自分を責める必要はありませんよ。
3-1. 完璧主義の人は無心を目指しがち
1つ目の特徴は、完璧主義の傾向が強いことです。
完璧主義の人は、どんなことに取り組む際も完璧を求めるものです。
瞑想においても例外ではありません。
「瞑想するなら完璧に無心にならないと」という強迫観念にとらわれてしまうのです。
しかし、完璧な無心などそもそも存在しません。
大切なのは完璧さではなく、雑念をコントロールする力を養うことです。
3-2. 努力家の人は無心を目指して頑張りすぎてしまう
2つ目の特徴は、努力家であることです。
努力家の人は、どんなことも一生懸命取り組む傾向にあります。
瞑想でつらい思いをしても、「努力が足りないからだ」と自分を叱咤激励します。
確かに努力は大切な資質ですが、時には力を抜くことも必要不可欠。
無心になろうと頑張れば頑張るほど、瞑想から遠ざかってしまうことを理解しましょう。
「雑念が浮かんでもいいや」という気軽さを忘れずに。
3-3. 結果にこだわる人は無心になれないことを悩みがち
3つ目の特徴は、結果にこだわりすぎてしまう傾向があることです。
結果重視の人は、無心になれたかどうかという結果ばかりが気になります。
無心になれなかった日は、「瞑想に失敗した」と落ち込んでしまうのです。
しかし、瞑想に成功も失敗もありません。
大切なのは、瞑想に取り組むプロセスそのものなのです。
4. 雑念は浮かんで当然!雑念を味方につける方法3つ
無心を目指すことのデメリットが分かったところで、次は雑念への向き合い方を見直してみましょう。
実は、雑念は排除すべき厄介者ではありません。
むしろ、上手に付き合うことで、雑念はあなたの味方になるのです。
ここからは、雑念を味方につける方法を3つご紹介。
雑念は敵ではなく、むしろ大切な友人だと考えてみてください。
4-1. 雑念が浮かぶのは当たり前!自分を責めない
まず大前提として、雑念が浮かぶこと自体は全く問題ありません。
むしろ、誰しも瞑想中は雑念だらけなのが普通。
初心者であれば、座っている間中、雑念が途切れないこともザラにあります。
それなのに、雑念が浮かんだことを後悔し、自分を責めたりしていませんか?
そんな必要はありません。
4-2. 雑念を客観的に眺める。流れ行くがままに
大切なのは、浮かんできた雑念をどう扱うかです。
雑念を否定的に捉えるのではなく「ただの思考」と客観的に眺めてみましょう。
例えるなら、川の流れを眺めるようなイメージ。
雑念は次々と流れていきます。
あなたはただ、その流れを傍観するだけでいいのです。
4-3. 雑念から目を背けない。そっと見守る
たとえネガティブな雑念であっても、そこから目を背けないことが大切。
不安や怒り、嫌な記憶など、見たくない雑念ほどしっかり見つめましょう。
見ないふりをしたり、押し込めたりする必要はありません。
ただ静かに、そっと見守ってあげてください。
そうすることで、あなたは雑念をコントロールする力を養っていけるのです。
5. 無心になれないなら力を抜いてみよう!マインドフルネス瞑想の3つのコツ
ここまで、雑念への向き合い方について解説してきました。
とはいえ、頭ではわかっていても、いざ瞑想が始まると力んでしまう人も多いでしょう。
そこで次は、リラックスして瞑想に臨むためのコツを3つご紹介。
無心になれないと感じたら、思い切って力を抜いてみてください。
力を抜くだけで、瞑想はもっと心地よいものになるはず。
5-1. 姿勢は背筋を伸ばしつつ力を抜く
まずは、瞑想の基本中の基本、姿勢から見直しましょう。
背筋はピンと伸ばしつつ、肩の力は抜きます。
お尻に重心を乗せ、骨盤を立てることを意識してみてください。
そうすることで自然と背筋が伸び、安定した姿勢を保てます。
この時、背中や腹筋に余計な力が入っていないかもチェックしましょう。
5-2. 呼吸は腹式呼吸で深く穏やかに
次に意識したいのが呼吸です。
瞑想中は腹式呼吸を心がけましょう。
吐く息を長めにして、ゆっくりと息を吐ききることがポイント。
吐ききったら、再びお腹にゆっくりと息を吸い込みます。
この深くて穏やかな呼吸が、心と体をリラックスさせてくれるのです。
5-3. 心も体も「ゆるめる」ことを意識する
そして最後は、心と体の力を根本から「ゆるめる」ことを意識しましょう。
顔の表情、首や肩、お腹まわりなど、体のパーツを一つ一つゆるめていきます。
心の中も、何かを一生懸命つかもうとしていませんか。
「こうあるべき」といった思い込みから離れ、今のありのままの自分を許容してあげてください。
心も体もゆるめる。
この意識があなたを瞑想のゴールへ近づけてくれるはず。
6. 無心になろうとすることを手放す勇気を!執着から離れるヒント3つ
瞑想がうまくいかない原因は「無心になりたい」という執着心にあります。
無心を目指そうとすればするほど、かえってそこから遠ざかってしまうのです。
では、具体的にどうすれば執着から離れられるのでしょうか。
ここからは、無心への執着を手放すための3つのヒントをご紹介。
無心になろうと頑張るのを、そっと手放してみてください。
6-1. 今この瞬間を大切にする
まずは、今この瞬間を生きることに意識を向けてみましょう。
過去の後悔や反省、未来への不安や期待など、雑念の多くは過去か未来に関するもの。
そうした過去や未来から意識を切り離し、今この瞬間に意識を集中させてください。
呼吸に意識を向けるのも効果的。
呼吸は常に「今」しか存在しません。
呼吸とともにある自分を感じることで、自然と今この瞬間を大切にできるようになるのです。
6-2. 「したい」から「してみる」に置き換える
次に「無心になりたい」という言葉を「無心になってみる」に置き換えてみましょう。
「したい」という言葉には、どこか強い執着心が込められています。
一方で「してみる」という言葉には、チャレンジ精神や遊び心が感じられます。
「無心になりたい」のではなく、「無心になってみる」といった軽い気持ちで瞑想に臨んでみてください。
そうすることで、知らず知らずのうちに抱いていた執着心から離れられるはず。
6-3. 雑念を責めるのではなく受け入れる
最後に、雑念を責めるのではなく、むしろ雑念を受け入れる練習をしてみましょう。
雑念を否定したくなる気持ちはよくわかります。
しかし、それは裏を返せば、雑念への執着心の表れともいえます。
雑念をありのままに受け止め、見守ってあげてください。
そうすることで、雑念はあなたの心を乱さなくなっていくでしょう。
7. 無心になれなくて当たり前!自然体で瞑想を楽しもう
ここまで話してきたように、無心になろうと努力すればするほど、かえって無心から遠ざかってしまうのです。
ではいったいどうすれば、無心を体験できるのでしょうか。
結論からいうと、無心は自然に訪れるものであり、意図的になろうとしてもなれないのです。
あなたにできることは、今ここでの瞑想体験を自然体で楽しむことだけ。
無心になれなくて何も問題ありません。
それが自然なことなのですから。
7-1. 「無心になれない自分」を認める
まずは、無心になれない自分をそのまま認めてあげましょう。
無心になれないのは、あなたが未熟だからでも怠けているからでもありません。
ベテランの瞑想家や僧侶でさえ、無心になれない日はあるものです。
「今日は無心になれなかったな」という体験をありのまま受け止め、認めてあげてください。
そこに良い悪いはないのです。
7-2. 無心を意識せず、瞑想そのものを楽しむ
次に、無心のことは意識せず、瞑想そのものを楽しむことに意識を向けてみてください。
呼吸の心地よさ、静寂の深さ、雑念の興味深さ。
瞑想体験には、無心以外にも味わい尽くせないほどの魅力があります。
「無心になるまでは瞑想の価値がない」といった先入観を捨て、今ここでの体験を心ゆくまで堪能しましょう。
無心のことを考えずとも、きっと充実した瞑想時間を過ごせるはず。
7-3. 焦らずに続けることが肝心
最後に覚えておいてほしいのは、瞑想は続けることが何より大切だということ。
1日や2日では、変化を実感できないでしょう。
それでもコツコツと瞑想を重ねることで、確実にあなたの心は柔軟になっていくのです。
焦らず気長に、そして自分を信じて瞑想を継続してみてください。
いつの日か自然と、心静かな無心の状態を体験できるはず。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
本記事では、マインドフルネス瞑想で無心を目指すことの弊害や、雑念との上手な付き合い方などをお伝えしてきました。
あなたが無心になれないことを悩んでいるなら、ぜひ心の重荷を下ろしてあげてください。
無心になれなくて何も問題はありません。
大切なのは、瞑想を自然体で楽しむこと。
今ここでの体験を味わい尽くす。
それができれば、いつか自然と無心を体験できるはず。
焦らず自分を信じて、これからも瞑想を続けていきましょう。
試しに1回だけ深呼吸してみてください。
心がスッキリしましたよね?